絵画展「旧古河邸に偲ぶ武蔵野の面影に寄せて」
古いものには味わいがある、という人がいます。 不思議と共感を覚えます。モノがある場所に長い間存在し続け、
その周りにいろんな人が離散集合し、いろんなデキゴトが起きる、それらの痕跡に匂いのようなものを感じるからでしょうか。
時間を刻んできたものは、長い人生を歩んできた人の顔に刻まれた皺に似て多くを物語ります。
池田君の作品には、旧古河邸という場所に流れる静かな時間が描かれています。小川手漉和紙にパステルで描いたということですが、
モノの表面にまとわりつくような、長い時間の中で刻まれてきた何かを、細やかにして大胆、幾重にも重層するタッチに感じます。
輪郭や存在を際立たせるようでありながら、実はもっと精妙な場の匂いのようなものが香り立っていると言えそうです。
静物画には季節や時間、光の変化が描き分けられています。参観などの短い滞在では経験できないことです。
植治の庭から眺めた風景では,洋館は近すぎず遠すぎず、日本庭園と一体になった世界が見えてきます。それは建物を設計した
コンドルというより、古河さんが求めた世界のようでもあり、画家が捉えようとしたのも、当時の日本の偉人たちが生きようとした
世界に繰り広げられようとしていた和洋の様式が呼応共鳴する新たな旋律だったのでしょう。
旧古河邸の建物本体についていうなら、求めに応じて洋館のパッケージの中に和室的なしつらえを入れたものだと思います。
建物の外観や内部の構成はイギリスの邸館、邸内は和室と洋室の共存、周囲の庭園では敷地の高低差を生かした幾何的な
イタリアルネサンス期の庭園を再現する、一方、下の方では小川植治によって回遊式の日本庭園が作られ、
屋敷全体として異文化由来のデザインが接合されています。
邸宅と庭園に於ける和洋の出会いを手掛かりに絵を構想する、バルビゾン派を思わせる画風の池田君にとって
創作の向かう所が展開するような予感がします。芸術的な飛躍は、異文化との接触が刺激となって生まれると言われますが、
日本人の妻をもち日本人として生き、今も護国寺に眠るコンドルもまた、それを実感した建築家だったのでしょう。
洋の東西を問わず、大昔から異質なものを混ぜてゆくと、何かより自分達にフィットした大事なものが見つかる、
というのは本当かもしれません。 これらの絵を見ていると、ふとそう思います。
2023年9月
岸田 省吾 (建築家・東京大学名誉教授)